遥かなる君の声
V B

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          



 王城主城への帰還を果たした一行は、あまり人と顔を合わせぬように構えた上で、荷解きも着替えるのもそこそこという慌ただしさにて、まずは二手に分かれた。
『国王と皇太后への報告は任せたからな。』
『…おい。』
 葉柱だけを報告にと追いやった…もとえ、向かわせたのは、勿論 蛭魔の采配で。こういう状況なだけに、フットワークも軽快でツボを逃さぬ手際のいいのが重畳だってのは、彼とて重々判っているのだけれど。こうも頭ごなしに牛耳られるのは、ちょいと引っ掛かるらしい黒髪の導師様が咬みつきかけたのへ、
『相手がこんな小細工であっさり誤魔化されたとも思えんからな。だから尚のこと、一刻を争うんだよ。』
 口を挟む隙を与えぬよう、手短ながらも一字一句、くっきりと言い放った黒魔導師様、
『だから。』
 敢えて一呼吸の間を置いてから、こう続けた。
『こっからは俺ら主体で話を運んじまう旨、王家の方々相手に角を立てない言い回しで告げられて、アケネメイの惨状を誰よりも真摯に伝えられる奴が手掛けた方がいい。…違うか?』
『…ああ。』
 一刻を争うのなら。説明なんざ後でも出来るとばかり、押し付けるような一瞥をくれるだけで取り合わず、冷然と背中を向けて終わりとしたのが日頃の彼だったろうに。それこそポイントを押さえた言い回しを繰り出して、きっちりと葉柱を納得させ、帰還した彼らからの報告を待っていよう方々の待つ“謁見の間”へと、任せたからなと送り出した蛭魔であり、
“正念場、だからね。”
 何が起こっているのだか、その全容までが判ったという訳ではないものの、相手の正体は何とか判明したし。だったらどうすればいいのか。今判っていることへだけで良いから、打てる手は何でも打っておこうと、動き出している彼らでもあって。つまらない齟齬から喧嘩腰になっている場合ではないと、それこそ彼もまた真摯な態度になって、無駄のない作戦遂行をと構えている、これもその一端なのかも。彼らのやり取りの傍らにいた桜庭やセナが胸に熱く感じ入り。さあ、それでは我々はと足早に向かったのが、王家の方々がプライベートな一時を過ごされる“内宮”の奥向きに位置する中庭へ。最初の遭遇は季節の変わり目の秋口のこと、そして二度目は温室にて。我こそはこの城と王家の守護を担う、由緒正しくも尊き精霊ぞと胸を張ってた、小さな小さな精霊のお爺さん。大地の精霊、ドワーフのおじさんに大急ぎで逢わねばならず。
「みゃん。」
 まだまだ寒い王城へ帰って来たのでと、ふかふかな毛並みの仔猫に変化
へんげした、聖鳥スノウ・ハミングのカメちゃんが、セナ王子の懐ろから愛らしい声を上げ、何か嗅ぎ取ったらしいなと、その視線を辿ったご一同。出立した時は、あとちょっとというところまで残っていた雪を、不在の数日の間にきれいに除かれていた馴染みのお庭は。花々が萌え出すには、今少し日もかかりそうな、寒々しい風景ではあったものの、

  《 おおお〜、公主様〜〜〜っ。よくぞご無事で〜〜〜!》

 そんな声がして、見やれば花壇の縁からひょこりと出て来た、小さな小さな人影が。頭にはいかにもな尖んがり帽子を乗っけて、口の周りと顎には白いお髭をたくわえた。子供のおもちゃになりそなサイズの、小さな小さな妖精さん。それほどの距離があった訳でもないのだけれど。何せ向こうさんは小さい身だから、こちらの足元へまで駆けつけるのには間もかかろう。
《 狼藉者どもが乱入せし気配に、生きた心地がいたしませんでしたじゃあ〜。》
 お仕えすべき光の公主様の御身の無事を、ただただ心配なさってらしたドワーフさんだったらしくって。感動の再会、ご無事で何よりですじゃ〜と駆け寄りかかってた彼なんだろうに、

  《 ………ふぎゃっ!》

 あっと、驚いたようにお口を丸ぁるく開けてしまったセナ様も、実を言うと…やるんじゃなかろうかなと、心のどこかで思ってはいたこと。手のひらに乗っかりそうな大きさのお爺さんの精霊を、セナ様の足元へ到着するその寸前でお見事に、ふぎゅると踏み付けた人がいて。
「ダメですよう、蛭魔さん。」
「良いんだよ。こいつは大地の精霊だから。埋まっても痛かねぇんだ。」
 うわあ、のっけからコレですよ、この人はもう。
(苦笑) セナより少しほど手前に立ってたのはそのためか、実に絶妙なタイミングにて、芝生の上へブーツの底にて容赦なく、小さな精霊さんを踏み付けた彼であり、
「よーいち…。」
 胸張ってお年寄りを苛めるのはよくないってと、さすがに桜庭も言葉を濁したものの、

  「やいっ!! 能無しドワーフの爺ィっっ!」

 聞こえてはいないのか、ご無体は続いて。足は退けたが、その代わり。位置も態度も大上段からのお声をかければ、
《 な、何をしやるかっ、この童っぱっ!》
 比較的 土の軟らかだった辺りへ半ば埋まって、突っ伏す格好で伸びていたところから。撥ねるように身を起こしたそのまま、きいきいと引っ掻くような怒鳴り声を返して来たドワーフさんだったから。あ・ホントだ、元気だ。良かったねぇ。
(おいおい) プンプンと怒ってのお声が返って来たのへも、も〜ち〜ろ〜ん、黙ってなんていやしません。
「何をしやるか、じゃねぇだろがよ。ああ?」
 やっぱり居丈高な金髪痩躯の黒魔導師様。
「お前、こないだ偉そうに何てった? 足掛け六百年もこの城にいて、守護として奉られし云々と、いかにお偉い存在か、胸張って言ってなかったか? それが何だよ、この始末はよっ!」
 相手へ ぐぐいと顔を寄せるべく、上体を倒して足元へ。鋭い睨みを利かせつつ、
「外からの狼藉者の侵入を許しただけじゃあねぇ。奴らめ、選りにも選ってセナ様の御身に害を至そうって輩だったんだぞ? 俺らが居合わせたんで何とか無事だったから良かったが、あのまま攫われて、万が一にも命落としてたらどうしてたんだよ、ああ?」
 畳みかけるように一気にそうと言ってのけると、
「あわわ…。」
 それはさすがに“ご無事で何より”じゃあない…という物の順番くらいは判るのか、一気に気後れして鼻白んでしまったドワーフさんだったりし。とはいえ、
「えとえと…でもあの。ボクらが居なかった間は無事だったみたいですし。」
 何とか執り成しにと、公主様、さっそく頑張っておられます。すぐ傍らへと勿体なくもしゃがみ込むと、力なく座り込んでいたドワーフさんへと手を伸ばし。土にまみれた不思議な感触のするお洋服、ぱたぱたとはたいて差し上げる。セナ様のお膝から飛び降りた仔猫のカメちゃんも、しょげちゃった小さなお爺さんの頬を舐めて差し上げ、元気を出して名誉挽回だよと、励ましているかのよう。小さい子たちの(?)微笑ましい励まし合いの様子を眺めつつ、
「そいや、連中、続けざまに奇襲をかけては来なかったみたいだね。」
 桜庭が今頃になって口にしたほど、着いてすぐにも此処へと運んだ彼らだったので、こちらの情勢をそういえばまだ確かめていなかったりし。だがまあ、新しい物騒な気配の残滓も何も感じられない城内ではあり、そういう気配を嗅ぎ取れる彼らなればこそ、わざわざ誰ぞに訊いて確認するまでもなかったというところ。カメちゃんニャンコにあんまりぐいぐいと押され過ぎてか、おとと…と尻餅をつきかけている、やっぱりお茶目なドワーフさんを眺めやりつつ、
「グロックスも公主もいないのではな。」
 蛭魔が当然至極と言ってのけ、
「セナくんの気配はともかく、グロックスの方は探査のしようがないんじゃないの?」
 だって、いくら意味のあるものであれ、あれ自体は何の反応を発してない代物だったんだしと桜庭が続けたのへ、
「だからこそ、このチビさんがいないと話にならんのだ。」
「???」
 いやに断定的な言いようをする彼で。セナまでもが、意味が判らずキョトンとして足元から見上げてくるのへ、
「確かに、外部からの探査では探せぬアイテムだがの。例えば取り引きが出来ようが。このチビさんを手中に落としてから、あらためてグロックスを返せと交換を迫るとか。」
「あ、な〜る。」
 ヨウイチって頭いい〜vvと、少々脱線しかかる亜麻色髪の白魔導師さんへ、

  「あと、進に探させるつもりもあったのかも知れんがな。」

 意外なお言いようが付け足されたもんだから、
「え…っ?」
 他でもないセナがぎょっとしたものの、蛭魔の表情は真顔のまま。
「何でまた、あのグロックスを まずはわざわざ城内で進の手元へ送り込むなんてな手の込んだ真似をしたのか。そして…恐らくは陽動だったんだろう、護衛も少ないまま温室にいた公主の方へと派手に襲いかかってまでして、その隙に攫ってった進を、なのに再びの襲撃に同行させたのか。今ならそれも有りだって推察が立ってるんでな。」
 蛭魔は、だからってちっとも優位な訳じゃあない、むしろますます安心も余裕も出来んのだがと言いたげに、その眼差しを尖らせたままでいて、

  「ここまでの経緯からして、
   あれは“進”とこそ、共鳴だか反応だかをするブツなんじゃないのかね。」

 彼なりの推測、それもかなり確信に近いのだろうそれを、今初めて口にしたのだった。






            ◇



 アクア・クリスタルを手に入れたあの聖域の水晶の谷にて、聖霊の筧さんや健悟さんとはその後も少しお話をし、聖剣を鋳すことの出来るというドワーフには心当たりがあるとこちらが持ち出せば、王城キングダムの主城に居着いてる彼なら、自分たちも知っていると笑って下さった。若い頃から好奇心が旺盛な御仁だったそうで、でもちょっぴりうっかり者でもあったとは健悟さんからの評。そして、

  「…グロックスか。」

 それもまた彼らなりにご存じであったらしくって。
「危険だな。それは何かを呼ぶための道標だから。」
 どこか案じるようなお顔になって、そんな風に呟いた聖霊の筧さんが蛭魔の方を見やると、
「先程、そちらの方が訊いておいでだった彼らの赤い眸ですが。あの“炎眼”はそもそも闇の咒に関わった証しです。」
「…っ!」
 予感はあってもまだどこか半信半疑だったこと。それが確定されたがために、そんなとんでもない相手かと、一同が弾かれたような反応を見せたのも無理はなく。だが、
「但し、魂ごと捧げる契約というような正式な形式に則ったものではなく、闇の咒を扱える陰体との、つまりは“式神”との接触という形でのものだったようですが。」
 筧の付け足しへは、導師様がたが肩から力を抜いて見せ、
「何だ。そんなんなら、黒魔法にもあるぞ?」
 陽白の咒よりも破壊力が強烈だったり、印を切って大地の気を集めなくてもいい即効性から、闇の咒を使いたい時。まずは、封滅せぬ代わりに力を貸せという形にて契約を結ぶことが出来る邪妖を“式神”として屈服させ、そやつに命じて発動させることが辛うじて出来。そんな相手である以上、一応は危険な能力を持っている身に違いなく。それを封じる能力を持って来ての対峙となるので、得意とする導師は封印系に多く、例えば葉柱の属すアケメネイの民などが代表格…な訳だが。
「そう。黒魔法が誤解を受けやすいのもそのせいだそうですね。」
「まあな。」
 黒の咒は攻撃専門で癒し系の咒はほとんどなく、しかも、式神という魔物を従え、人ならぬ力を発揮させるところから、そんな術者自身までもが魔物扱いされ、誤解されることが多かったらしく、
「式神にも色々とあるが、大概は陽界に既に住まうものを屈服させるというもの。眞の名前を聞いて服従させる、若しくは、血の署名を交換する儀式を経て生気を同化同調させ、共倒れしたくなければ我を助けよと持ってゆくか。せいぜいそのくらいなんだがな。」
 とはいえ、精霊たちよりも人の方が多く大地にあふれている今や、よほどの大物に手古摺ってというケースにしか必要とされないほど、人々からは馴染みも薄くなりつつある咒なので、それで尚のこと誤解も深い…ということならしく。
「それは聖魔戦争の只中でも変わりがなかったらしくてね。誤解を最小限にするためにか、それとも“専門特化”させるという方向からか、炎獄の民らの中でも、召喚術は一部の者にしか許されなかったらしくて。」
 限られた者だけに任された術は、彼らにだけ陰の気を色濃く染みつけもしただろうし、
「陰の気配に馴染むだけならともかく、そうやって招いた式神たちが扱う“闇の咒”の間近に身を置くこととなりますからね。そちらも僅かずつ浴びていったでしょうから、それで…。」
「あの炎眼を…闇の咒に関わった証しを身につける羽目になった、か。」
 能力も含めてなのかどうかは判りませんがと、筧は付け足したものの、
「ただ、そういう存在には、私どももダメージを受けますので近寄れません。彼らの末路の、殊に“召喚者
(サマナー)”たちに関して、その先の事情を全く集められなくなったということは…。」
 聖剣を与えたもうた間柄だった筈が、そんな相手を自然と避けた結果だとすれば、やはり。それほどまでに、彼らが帯びた闇の魔気が強まっていたということだろう。そして、

  「あのグロックスは、そんなサマナーたちの道具でもありました。」
  「…っ!」

 邪妖を招くためのアイテムだったということか。
「だが…何の残留思念も染みついてはいなかったぞ?」
 こちとら、腕っ節で最大攻撃力を誇った駒こそ不在だが、力のある導師ばかりが集まっている状態には変わりがなくて。その誰もがそんな不審な気配は感知しなかったのに? なのに、そんな危険なアイテムだっただなんてと、蛭魔が怪訝そうに言いつのれば、
「どのような作用・効果を発揮するものなのかは私にも判りません。」
 アケメネイに封じてあったそうですが、彼らに奪われたのなら今やその封印も解かれていることでしょうから、素の状態に戻っている筈。それでも何の気配も匂いも発してはいないというのなら、
「闇の咒にこそ反応する代物だということでしょうね。」
 そしてそうであるからこそなのか、それ以上は彼にも判らないそうで。


  “闇の咒にこそ反応する、だと?”





            ◇



 国王と皇太后の両陛下へ一通りの報告を終えて、後から一同に追いついた葉柱が見回した中庭には姿のなかったセナたちだったが、
「葉柱さん、こっちですよ。」
 声がしたのはあの温室の出入り口。仔猫モードのカメちゃんが落ち着きなくウロウロしだしたので、ご報告が済んでこちらへ来られたんじゃないかと気を回して顔を出した…のが、皆の主人格であろう公主様だったところが、相変わらずのパーティーで。
(苦笑)
「ドワーフさんの工房は、この真下にあるんだそうです。」
 まずはの扉を入ってから、外気との温度調節のための控えの間を通過して、そこもきちんと元通りに整えられた、天井と壁の一部がガラス張りの室内へと踏み込めば、
「よお、お疲れ。」
 それらだけは彼らがどこかから引っ張り込んだ物らしき、ソファーやひじ掛け椅子などの一式が、シュロだろうか南国植物の葉の下に据えられてあり。
「そんで? 爺ぃには話通したんか?」
 あああ、この人もまた、アケメネイの惣領様の御曹司でありながら口が悪いったら。
(苦笑) さすがにもう慣れたらしいセナは苦笑をし、
「もうお仕事に入ってらっしゃいます。」
 指さしたのが、シュロの根元。よ〜く見れば少しばかりこんもりと土が盛り上がっており、その下だか奥だかにもぐったところで作業中ということなのだろう。蛭魔からさんざんに叱られたドワーフさんだが、
“相変わらずだよねぇ。”
 あんな乱暴な所業だったのがいかにも蛭魔らしい…という意味ではなく。この一連の無作法な仕打ちが、これでも計算の元にこなされているとあっさり見抜いた人が約一名。そういや、あんな漫才もどきをやらかしてる場合ではなかった筈で、葉柱さんへは冷静な対処を取っていたのに。打って変わってのあのはっちゃけぶりは確かに不自然…だったのだが、

  “これが“額面通り”な言動ではないとしたら?”

 気持ちだけ一歩離れて見ていた桜庭さん。そんな彼の前にて、
『ホントに、何の役にも立てなかった困った野郎だが、まあ喜べ。名誉挽回のチャンスを持って来てやったからな。』
 相変わらずに尊大にも、腰に両の手を当てたままという態勢でいた蛭魔が、その手を片方浮かせると、ふわっと…それは優しい所作にて綺麗な手のひらを広げ、手前にしゃがみ込んだままのセナの髪を撫でてやり。それでやっとこ“ああ”と思い出した公主様。自分の懐ろあたりで小さな手のひらを合わせて見せて、ゆっくりと離したそこから“ぽわん…”と宙へと取り出したるは、神秘の蒼光を内へと飲んだ小さなオーブ。それが何かとも言わぬうち、こちらの意もあっさりと相手へ通じたようで、
《 判り申した。アクア・クリスタルを用いた聖なる剣ですな。》
 鋼の鉱石はこの付近に多くありますのでこれだけをお預かりしますと、ドワーフさんが小さな両手を差し出すと、オーブはチカチカと光りながら、宙を漂ってそちらへと移動してゆき。
《 守護のお務め、今度こそ果たしましょうぞ。》
 それはそれは真剣な表情になった大地の精霊さん。大切なアイテムを押しいただくと、こちらでお待ちをと皆を温室まで案内し、作業に入ってしまわれた。そんな一連のやり取りを黙って見やっていた桜庭さんに言わせれば、
“あなた様になら、聖なる剣を鋳すことが出来ると聞きました、と。そう持ってかないところがね。”
 勿論、そういう運びになったとて、ドワーフさんは全身全霊であたってくれる筈ではあろうが。自責の念というプレッシャーをかけることで、より集中しろよと持ってった辺りが、何ともお見事な作戦だったということか。そして。そんな蛭魔がつい先程断言したのが、

  『ここまでの経緯からして、
   あれは“進”とこそ、共鳴だか反応だかをするブツなんじゃないのかね。』

 どうかすると爆弾発言にも匹敵するだろう、とんでもないお言いよう。話の流れを一通り聞いた葉柱もまた、
「それって…。」
 言葉を濁してしまったほどで。

  ――― まったくもって、何とも不吉な砂時計であることよ。

 正体が判ってくるに従って、不気味さが増すばかりなそれだったが。他でもない進とこそ、共鳴だか反応だかをするアイテムなのではないのかと。とんでもなく大胆な推論を出したご本人はというと、
「これまでに判ったことを絞ってったら、そういう可能性も出て来たってだけの話だがな。」
 傍らの壁代わりのガラス窓。先日の突然のあの乱闘でひびが入っていたところもあったらしいのが、そこはさすがに真新しいのへ早々と交換されており。曇りガラスのように宿ってた結露の上へ、白い指先をくっつけて。何てことない幾何学模様を描きながら、
「進が持ち主だったらしいことはもはや明白なんだしな。」
 シェイド卿は恐らく、まだ子供だった進本人から聞くかどうかして危険なものだと断じたのではあるまいか。

『この砂時計はグロックスといい、本来の持ち主から取り上げたもの。今はまだ幼き彼がそのまま持っていてはとんでもないことが起こるからと取り上げはしたが、よくよくは正体が分からぬものだけに、下手に処分することも出来ず。何とかしてどこかへ永遠に封印しておくべきだと思い…。』

 アケメネイの惣領様が、そうと聞いてお預かりしたと話して下さったからには。その点に疑いの余地はないとしていい筈で。
「でも。進本人はそんな素振りなんて見せてなかった。」
 本人との付き合いから得られたものをこそ優先したいと思うのは人の性(さが)。まあ…移民の子だからどうのこうのなんていう区別をされるということが、まずはない土地だから。寡黙な彼のことだから尚のこと、わざわざ言うこともないと思ってのことだったのかも知れないが。
「咒へも反応は薄かったじゃないか。」
 自分には心得はありませんて言ってたくらいだったしさと、これは桜庭が抗弁したものの、
「だから。そっちへもシェイド卿が手を打っていたのかも知んねぇってことだ。」
 彼の養い親だったというシェイド卿。あのグロックスをアケメネイへ、封印するためにと持ち込んだ人でもあって。咒というものが絡んでいるものは一筋縄では行かないこと、重々承知だったらしいと伺えるから、
「その旅に出た折んでも、進の記憶を部分的に封じてしまう何かを施してったんじゃねぇのかな。」
「シェイド卿も根っからの剣士で、それに外地から来た人だったらしいのに?」
 成り立ちなどを熱心に勉強したからって、そう簡単に…何年も記憶を封じておけるほどのもの強力な咒が、扱えるようになるものだろかと、やっぱり腑に落ちないらしい桜庭だったが、
「別に術自体を手掛けるのは卿じゃなくても、知り合いの導師か神官に頼んでもよかろうよ。」
 子供ながらにトラウマに育ちかねないような、悲惨な記憶を持て余している身だとか何とか言って、腕の立つ導師にそれを封印させたのかも知れない。
「それか、聖剣だ。」
 葉柱が勢い込んだのは、
「確かウチの親父が言ってだろ? シェイド卿も聖剣を持っていたって。えと…アシュターの封印剣…って。」
 そうそう、確かそういう一節も仰せでいらっしゃいました。その時は、グロックスの本来の持ち主を差して、つまりは進さんのことを差してのお言いようでしたが、
『シェイド公がお持ちでいらした聖なる剣、アシュターの聖なる“封印剣”と対になっている“守護の剣”をお持ちだとのこと』
 そうと仰せになってましたよね。
「シェイド卿の剣の鞘の意匠が判れば、どういう剣かも判るだろうから。」
「ああ、高見に訊いてこよう。」
 進と同世代の彼ならば、剣の先達でもあるシェイド卿に関しても、普通一般の方々よりたくさん、何かしら覚えておいでかも。お話がそうと進んで、だがセナが思い当たったのは別なこと。
「あ…そう言えば、高見さん、お身体の方は大丈夫なんでしょうか。」
 話ののっけでセナと共に侵入者たちに襲われた彼であり、怪我を負ったのではなかったが、咒で意識へダイレクトに攻撃をかけられた末の昏倒という、物によっては殴られた以上のダメージが残る代物。大したことはないですからと仰せではあったけれど、その時の影響がまだ少し痛んでらっしゃるのを周囲が案じて、大事を取って休んでおいでだったとか。え…っ?と不安げなお顔になったセナへは、
「俺らが戻ったって聞いて、そんじゃあうかうか寝てられねぇって。やっぱり周りが止めたのも聞かず、警備を指揮する配置についたって、皇太后様が苦笑いしながら言ってたぜ?」
 案ずるのではなくて、頼もしいと思ってやれやって、それこそ頼もしい笑みを見せて下さった葉柱さんだったので、
「はやや…。」
 遠出して来た自分たちだけじゃあない。高見さんも、ドワーフさんも。皆さん、それぞれのお立場で、自分の出来ることをと頑張っておいでで。これは自分も頑張らねばと、小さな拳を胸元に構え、それは判りやすくも決意を固めたセナ王子であったようです。








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  *UPした途端に力尽きてしまいまして。
   昨夜のうちにお読みいただいた方にはご挨拶も間に合いませんでしたね、すいません。
   ところで、拍手にて応援いただくお声の中、
   カメちゃんが結構人気者なのが意外です。
(笑)